海辺の彼女たち

「海辺の彼女たち」藤元明緒監督

日本・ベトナム共同制作映画とのふれこみのミニシアター系の映画。
大きなネタバレには触れていないはずですが、感想の中に混じっているかもです。

変異型コロナの感染拡大による3回目の緊急事態宣言下での休業要請やら協力依頼やら時短要請やら。
そんな状況の中ではありますが、なんとか生き残りを図ろうともがくミニシアター系を微力ながら少しでも応援したいという気持ちもあっての映画鑑賞です。
勿論、入場前からミニシアター系と鑑賞者が一緒に感染症対策を行います。

この映画は、ベトナム人技能実習生3人が主役ですが、その状況を説明したり補完するようなセリフ回しがなく、そもそも終始セリフが少ない映画です。

その為、ちもやんは、鑑賞者のミスリードも発生しやすいのではないか、と危惧しながら観ていましたが、まったくそういう内容の映画ではありませんでした。
なんだか昔の正しく陰気なフランス映画の王道をいく感じかな。

ベトナム人の女性である技能実習生3人が失踪を決断し、青森の漁港に辿り着くまでのイントロ部分は「今時の技能実習生で、このような闇雲な失踪の展開があるのかな?」というのが正直な最初の感想。

彼女らは、スマホ保有し、その活用スキルもある世代です。
実際、劇中でもスマホを駆使しています。

本当に毎日15時間も働いていて、給与がまともに受け取れていないのなら、訴えるところや行政機関は幾らでもあり、そんなことは母国のベトナムでだって同じです。
SNS一つでそういった情報収集や情報発信であったり、或いは外部へのコンタクトも彼女たちの世代なら簡単だし、またネットワーク上には知恵やアドバイスを授けてくれる人も大勢います。
(勿論、邪な気持ちで近づいてくるブローカーもいるでしょうけど)

また、給与未払いや残業未払いのようなことがあれば、決して安くはない金銭を支払って渡航してきた彼女たちにとって、こんなものは斡旋業者への大クレームとなります。
なんせ賃金の未払いは技能実習生に限らず、雇用主にも労働者にも決してグレーゾーンな問題ではないからです。

それに技能実習生の身分はれっきとしたビザがあり、不法就労でもなんでもありませんし、出るところへ出たって何の問題もありません。

彼女たちからすると、まずは未払い賃金分を払ってくれ、となるのが普通でしょう。
たくさんの借金があるなら尚のことです。
未払い賃金が時間計算で本来なら幾ら貰えているはずだというのも彼女たちの頭の中にあるでしょうし、簡単にそれらを諦めていきなり逃亡を選択するとは思えません。

どう考えても簡単に技能実習生という身分やセーフティーネットを自分から放棄するタイミングではありません。

残業が一切なく、週40hすらも確保されないような仕事量が続いており、自分が期待している賃金がこの先も得られそうにないと判断した場合、給料日の後に計画的な失踪を実行するというのが現実的である気がします。

もしかしたら、パスポートや在留カードも雇用主に取り上げられていたとあったので、彼女たちが第三者に訴えたりできないような背景があったのかもしれませんが、それがもう少しだけでも最初に明示ないしは暗示をされていたら、冒頭の失踪シーンの没入感やその後の感情移入がもっと深まったんじゃないかな~と、ちもやんは思ってしまいました。

さらに後半の軸になるフオンさんの体調の件ですが、来日以前からの心当たりというか、来日以来の体調異変を自覚していながら、在留カードや健康保険証を放棄し、短絡的に失踪するというのもまったくもって今時の技能実習生らしくないです。

実際に失踪する彼らはもっともっと用意周到であり、そんなに短絡的ではないですよ。
ちゃんと給料日に給料を受け取ってから、ブローカーに車で迎えに来てもらって、至れり尽くせりで荷物と一緒に新職場まで運んでもらいます。

万引きをしたり、何らかのトラブルを職場や同僚と間に起こし、突発的に失踪するということは勿論ありますよ。
その場合であっても、同郷や遠縁といった頼れる知人の家に一旦転がり込んでいるだけであり、この場合の就職活動は不法就労活動だからこそ、ブローカーを頼るにしても慎重に行動しているハズです。

今はスマホで何でも事前に調べます。
職場の給与待遇といった雇用条件だけでなく、自分の住まいとなる予定の寮の間取りがわかるような写真なんかも事前に送ってもらって確認するくらいです。

あと、ベトナム人がわざわざ地下鉄もあるような都市圏から、雪の降る青森の漁港へ仕事を求めて自分たちで向かうというのもちょっとイメージできませんでした。

失踪先に知人や縁者がいたり、ブローカーそのものが知人や縁者でもない限り、乗船してまで知らない国のさらに遠く離れた知らないところへは行かないでしょう。

もしかしたら、3人が揃って同じ職場かつ失踪後も当局に摘発されにくいといったメリットを優先し、田舎の漁港へ紛れ込むという判断があったのかもしれませんが。

実際、ブローカーが紹介してくれた職場は別に特段の悪質な会社という描写はなく、
普段は正規の技能実習生を受入れたりもしているような雰囲気でした。

彼女たちが新たに就労することになった漁港の補助作業でもある海辺の彼女たちの仕事内容を過酷でかわいそうな労働だと観ていて感じた人は殆ど居ないと思います。
雪の降る冬の水仕事という部分では大変でしょうけど、別にずっと冬という訳でもありませんし、ありふれた漁港の仕事です。
逃げ出した前職と比べると、働いた分の給与はちゃんと貰えるし、住み込みの住居費も負担ゼロということで、彼女たちも特に不満があるという感じには描写されていなかったように思います。
本当に一番ダメなのは賃金の未払いや不法な控除だということがよくわかります。

社会保険の未加入という健康保険証が無くなってしまうという点は、徴収されない分だけ手取りが増えるというメリットも確かにあります。
その代わり、病院のハードルが上がってしまい、劇中のようなことになります。

そして、ブローカーへの支払いシーンについてどのように考えるかですが、こればっかりは日本人とベトナム人の習慣の違いであり、なぜか5~15万円程度を斡旋された側が支払うというのが当たり前になっているのが実情です。

当然、ブローカーは会社側からも斡旋料を徴収しているでしょうから、これは二重徴収でしょうね。
ちゃんとした職場を紹介してもらう為にはそれなりのお金を払わないといけない、という思い込みというか商習慣がどうもベトナム人には根強くあるようです。
とはいえ、これからは次第に無料の職業紹介が一般的になっていくものと思われますけどね。

ブローカーの段取りや手際の良さは非常にリアルでした。
おそらく帰国した技能実習生から買い取ったであろう口座とキャッシュカードを彼女たちに即時支給するところなんかね。

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とある漁港

それから話が少し逸れますが、劇中の彼女たちが不法就労先で一緒に働いている留学生らしき同僚から「技能実習生って大変なんだってね!」と同情されるシーンがありました。

この点については一概にいえないというか、収入だけでいうと、まずもって留学生よりも技能実習生の方が圧倒的に収入が多いです。
働いた分だけ給料を支払ってくれる普通の会社であって、控除も妥当な寮費程度であれば、幾ら時間給が最低賃金だったとしても留学生のバイトなんかよりはよっぽど稼げますから。
それなりに残業代や休日出勤であったり、精勤手当や夜勤手当なんかもあったりすると、むしろ、新卒の事務職なんかよりも稼いでいる技能実習生もザラです。

一方で、留学生の場合、学業の時間を確保しながら、資格外活動の範囲で働いていると、年収200万円超は余程の理由がないと到達しませんね。
せいぜい150万円までという感じです。
Wワークやら出席率を犠牲にして働いても普通の技能実習生と同程度の年収を得るのは至難です。
それに留学生が年収で200万円も稼いでいたら、就労目的と判断され、進学やビザ更新で不交付になってしまう恐れもあり、どうしても自主的に制限をかけざるを得ません。

母国の両親の支援があったとしても毎年の学費はなかなかの金額です。
学費だけで60~70万円程でしょうか。
家賃と生活費と税金と保険料を考えるとカツカツもいいところですね。

実際、ベトナム人コミュニティのフットサル大会なんかで集まっているところを見ていても、技能実習生の方が留学生よりも明らかに羽振りが良さそうです。
留学生には富裕層や準富裕層のご子息が多い傾向にはありますが、それでも彼らの日本での生活における可処分所得は、技能実習生に軍配が上がるのが実情ではないでしょうか。

映画全体を通しては、セリフも最小限で、展開される劇中の時間軸もかなり短いです。
テーマがあちこちブレずによかった面もありますが、もう20分くらい時間をかけて話を掘り下げたり、広げてもよかったのかなとも思います。
最後もどっちの薬を飲んだのか明確に描写されませんでした。

彼女たちが小さな判断ミスを積み重ねる自業自得の感がちょっとあって、観ていて思わずスクリーン上の彼女たちに声をかけたくなるというか、後半はなんだか心がジリジリするような感じでした。
特にフオンさんね。

ただ、技能実習生役の女優3人の演技は秀逸でした。
最小限のセリフと彼女たちの表情と「間」だけで、ベトナム人のメンタリティが本当によく表現できていたと思います。
ベトナム人あるあるといいますか、そんなシーンに溢れていました。

この映画は、エンドロールも含めて音楽やBGMのようなものはまったく流れなかったんじゃないかな?(1回しか観ていないので間違っているかも?)
唯一、フオンとブローカーの車中でのやりとりで交渉が決裂しそうになった際、カーステレオのスイッチが入り、急にベトナムの現代曲が車中に鳴り響いたくらいだったような気がする。

きっと、何かを象徴したり意味するメッセージ性のあるシーンなんでしょうね。
あの車中のあの場だけはベトナムだったのかもしれませんね。

そのほかは無音。
日本社会における彼女たちの存在自体が無音とでもいわんばかりの。

今回のミニシアターには、留学生なのか技能実習生なのか、若いベトナム人も何人か鑑賞に来ていて、全員で4~5人はいたんじゃないかな?もっといたかも?

映画の鑑賞後、バラバラのグループに別れて帰っていく様子から、全員が知人で連れ添って観に来ていたというわけではなさそうでした。

本当は、彼らに話しかけて感想を聞いたり、コミュニケーションをとりたかったのですが、コロナ禍でマスクをし、緊急事態宣言下での映画館ということもあってどうにも尻込みしてしまいました。

コロナ禍で大変な業種が幾つもありますが、映画館も最たる業種であり、とりわけ「海辺の彼女たち」のような映画を上映してくれるミニシアター系はまさにいよいよ存続の危機といえる状況な気がします。

映画なんてTUTAYAへレンタルに行かなくなって久しく、動画配信でレンタルや見放題もある昨今。

コロナ禍の中、わざわざ人混みの中を人が集まって鑑賞しなくてもという声はありますが、映画館には映画館の良さがあるわけであり。

学生の頃、お世話になった萌愛で昭和感満載なミニシアター系がこのコロナ禍を生き残りますよう。