「映画かば」は熱血教師の概念を突き破った作品!

映画 かば

1985年の西成の中学校の実話ベースの映画

映画の舞台である1985年は、阪神タイガースジャイアンツの槇原投手からバース・掛布・岡田の伝説の3連続バックスリーンホームランをひっさげて日本一となった年。

ちなみにこの後に発売されるファミコンファミスタ阪神タイガースは歴代最高の打線やねん。

トップバッターの真弓で先頭打者ホームランとかね。

この映画は、そんな時代の大阪の西成にある中学校教師と生徒とその家庭や地域を題材としたテーマそのものはかなり濃厚で濃密な映画です。

大阪市西成区という行政区画があるのですが、この映画での西成というのはそれとは微妙に異なるというか、単純に行政区画されるものではなく、その地域一帯における住民生活や文化風習の特徴も含めての「西成」という呼称が別で存在している感覚というかイメージです。

ちもやんは、この阪神タイガースが日本一になった1985年は大阪府吹田市で小学生の高学年でしたから、この映画に登場する中学生は少し年上やね。
この世代は団塊ジュニアの中でも最大のボリュームゾーン。(キムタクやマツコデラックスやホリエモンたちの世代)

少子化が久しいですが、まだ当時の中学校は1学年12クラスとかざらでした。
地域によってはもっとマンモス校もあったと思います。
どこの学校でもそれだけの生徒数と家庭があれば何かしらの問題が常に発生していたことでしょう。
この時代の教師は本当に大変だったと思います。
ここに当時の西成地域に特有の諸問題がこれでもか上乗せされたのがこの映画です。

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映画のバックボーンとテーマ

蒲先生のクラスの副担任として新任講師で保健体育担当の加藤先生が着任します。
この最初の授業である保健体育での生徒からの洗礼がもの凄い。

加藤先生の話をまったく聞かない生徒は勝手にドッヂボールを始めようとします。
チーム分けは「部落と在日と沖縄で3チームに分かれようぜっ!」と。
加藤先生はリーダー格の繁に「先生はどのチームや?」と凄まれ、返答に困ってしまって思わず「先生は、ふつうや・・・」と答えてしまう。
繁は「ここには部落と在日と沖縄しかおらんのじゃ!」とねじ込んでくる。

このドッヂボールのやりとりのあと、新任講師の加藤先生はさすがに保健室で寝込んでしまうのですが、そんなの当然であって、こんな洗礼は凄すぎるやろ~。
もうね、序盤のこのシーンでこの地域や学校の超特異性がビシバシと伝わってくる。

校内暴力や上から机が落ちてきたり、喫煙やシンナーなどのシーンもありましたが、これらはこの当時の中学校では全国的に似たり寄ったりの部分もありました。
喫煙どころかシンナーでラリっているヤツなんてそこらへんの公園や堤防にウジャウジャといた時代ですから。

それこそアレです。
盗んだバイクで走り出すのを地でいく時代。

そこに上乗せされたバックボーンとテーマが、
「ここには部落と在日と沖縄しかおらんのじゃ!」
です。

西成で多重に織りなされる人間ドラマ

「ここには部落と在日と沖縄しかおらんのじゃ!」

この映画が秀逸だったのは、この極めてセンシティブなバックボーンとテーマを、ドッヂボールのシーンで新任の加藤先生をノックアウトしたあと、このバックボーンの闇を同和問題的に掘り下げるのではなく、事実として起きている諸問題として、多重のミニドラマ的にそれぞれを主人公として丁寧に描いていたこと。

タイトルの蒲(かば)先生が主役なのですが、それぞれのドラマパートで生徒や卒業生、新任の加藤先生や同僚の先生が主役だったり、作中に登場する地域を構成する大人たちにもしっかりとフォーカスされるシーンがあります。
おまわりさんやバスの運転手さんとか、転校してもケンカで学校に行かなくなった在日の生徒の親戚のオジサンたちとかね。

西成の夢見る教師じゃいられない教師たち

蒲先生たちのサポートもあって、加藤先生は特技の野球でリーダー格の繁や生徒と向き合うようになった加藤先生はチャーコと親しまれるようになり、教師の手応えを感じ始めていたが、着任当時から懐いてくれていた裕子の確かにあったシグナルを軽視してしまいます。

明るく元気だった裕子が不登校となり、家庭訪問をすることで、やっと裕子の家庭崩壊の状況を知ることになります。

生活保護で幼い妹とアル中の父親ともはや家庭を省みない母親を裕子が健気に支えていたのですが、もう、その家庭は崩壊寸前だったのです。

そのアル中の父親はチャーコに話を聞いて欲しいと近所の店へ呑みに誘います。
そこで自身が在日であることで、娘の将来に迷惑をかけるのではないかと悲観していることをチャーコに打ち明けます。
このまま離婚して、在日の自分が引き取ったら、娘たちが在日になってしまうと。
母親は日本人だがすでに男が居るような描写があり、裕子も両親が離婚したらお父さんと暮らしたいと意思表示していたこともあって、母親が娘たちを引き取るという流れではないようでした。

ちなみにアル中の父親とチャーコが入った店で別のドラマパートの主役である由貴とチャーコがニアミスする対比が描かれていました。

結局、まもなく、裕子の父親は自死を選択してしまいます。

警察署の遺体安置所前の廊下で、裕子を前に保険金の心配をする母親からチャーコは教師のクセに家庭のことに口出しをするなと恫喝されます。

チャーコは母親をぶっ飛ばして咆哮します。
「この子らと出会って、自分が教師やということなんか、三日で忘れたわっ!」

生徒よりもアツく、卒業生にもアツい教師たち

本作には、現役の中学生だけでなく、卒業生も登場します。
ひとりは、蒲先生の元生徒であり、卒業して社会に出たからこそ西成の呪縛に囚われ続けている由貴。

彼女は、就職や恋愛を通して、自分の出自である西成にコンプレックスを抱いており、卒業後に出会った知人には居住地を知られたくないという葛藤から、今も自宅から手前の大正駅で下車をして、わざわざ橋を渡って遠回りで帰宅していることを、大正区西成区の狭間でばく先生に打ち明けます。

「この狭間を通って、わざと手前の大正駅で乗り降りして生活をしている私の気持ちが、仕事や用事でこの狭間を行ったり来たりしているだけの蒲先生に解るのか!?」
と由貴は酔った勢いでやるせない思いを蒲先生に八つ当たりしてしまう。

学校の問題だけでも大変なのに今度は蒲先生が彼女を待ち伏せします。
見失わないよう、目を凝らしながら、煙草を吸いながら。
やっと彼女を見つけ出した頃の蒲先生の足下には大量の煙草の吸い殻が。
(※現代と当時では煙草をとりまく事情が異なるからね)

時代もあってですが、登場する大人はみんながみんな煙草を吸います。
これだけ喫煙シーンがてんこもりの映画も久しいな。
本作の大人の煙草の喫煙や吸い殻に込められたメッセージに思いを馳せます。

卒業生にも一人の人間として寄り添う。
もうどうみても教師の職務範囲を超えていますよね。
これも含めて西成なんやね。

蒲先生は由貴へ正直に謝ります。
実は、最初に見かけたときに優等生で手の掛からなかった由貴の名前がすぐに出てこなかったことを。
そんな蒲先生に由貴は「生徒のみんなに優しい先生でいてね」と。

蒲先生は「ちょっと一杯やるか!」と、西成を出て東京へ行こうかと迷う由貴を自転車の後ろに乗せて、「このオモロイ西成が好きや」と商店街を走っていく。

もうひとり登場する卒業生は、学校の近所で学生や教師の憩いの場になっている喫茶店で店番をしているよう子です。

ある時、公園でのシンナーだかボヤ騒ぎの対応を済ませて休憩している先生を、からかい半分で労おうとするよう子にその先生は言います。
「おまえたちの時代よりナンボもマシじゃ~」と。
「教師が教師やってたらダメだ~そうなったら辞めないと~」みたいなことも。

この地域の中学校の生徒をとりまく環境から起きる問題が一時代や一過性のものではないことがよくわかるし、それらの問題に立ち向かうには教師が教師をしているだけじゃどうにもならんということも伝わってきます。

この中学校はどの先生もアツい。
冒頭の校内シーンでも女性の先生も「待たんかいっ!おんどりゃ~!」と廊下やら教室やら走って追い掛け回して生徒を強制捕獲しているくらい。

金八先生とは違う「熱血」がこの時代の蒲先生たちから、スクリーンを通して、これでもかと伝わってきます。

木津川の渡し船

西成といえば、外国人女性を殺害した殺人犯も整形して潜伏していた日雇い労働者のドヤ街があるあいりん地区だとか、現存する遊郭としてはおそらく日本一の規模の飛田新地とか、路上や道端の泥棒市場とか、新今宮駅周辺でたびたび起きる暴動とか、作中にも語られていた犬にまつわる話とか、武勇伝的なエピソードを挙げればキリがありません。

その中でも独特なのが木津川を挟んだ大正区西成区を結ぶ渡船です。
この映画でもこの渡船のシーンが象徴的に何度も出てきます。
銭湯の帰りに兄弟が船上で会うように生活の足であることがわかるシーンもあったり。

ちもやんも社会人になって、この辺を営業で回るようになってからこの渡船の存在を知ってびっくりしたものです。
自動車は運べず、人と自転車とちょっとした荷物だけを対岸に運ぶだけの渡船。
確かこの渡船料は無料なんですよね。

実際に現地へ行って足で歩いて始めて知る。
じゃりン子チエだけではわからない街の生活の匂いです。

学生服とユニフォーム

あと、印象に残ったのが学校内の服装や野球部のユニフォーム。
大半の生徒は学生服を着用し、体育の時間は体操服を着用し、野球部ではユニフォームを着用している。
でも、そうではない生徒が何名か目に入ります。
特に繁たちは、野球部での練習だけでなく、ラストの対抗試合に出発する直前のシーンでもいつも通りのTシャツ姿です。
当然、みんなはユニフォームを着用しています。
作中では、対抗試合そのものは描かれていませんが、おそらく、繁たちはあのままの服装で試合をしたのだと思います。

ちもやんの小学校や中学校にもこういう感じの子がクラスに何人か居た時代です。
昭和も間もなく終わるバブル期の当時ですが、本当にまだそういう時代だったんよね。
学生服とかユニフォームとかやっぱり高額なんよ、この時代はね。
ユニクロもなかったし、ファスト・ファッションなんて何それです。

特に学校指定された正規の学生服なんかは生地やモノはいいけど、やっぱり、高い。
そんでペラペラの変形学生服が流行ったりしていたのですが、背景には高額な正規の学生服を購入できないという問題が大きかったように思います。
元は安物の学生服ですが、ヤンキー層が着用することで、妙なファッションリーダーになったりしてね。

ちもやんの時代は、短ランとか応援団みたいな長ランはさすがに見なかったけど、ズボンはタックが入っていたり、裾がしぼって細くなっているのが流行していました。
なんや裾にチャックが付いているのもあったなぁ。

そういうのが新大阪の繊維シティとかで安価に売ってたものです。
ズボンとかタイプ別にゴクウとかツータックシュートとか名前がありました。
学ランも裏地が変わっていて、龍とかトラや風神雷神の刺繍が入っていたり、紫色にラメっていたりしました。

ちもやんもオカンに小遣いをねだって買いに行ったわ。
オカンに「わざわざ安モンを買うて着て喜ぶなんてアホやな!」とバカにされながら。

話が逸れてもうたけど。

大阪のオモロイ

ちもやんは、大阪のオモロイの根源は、この映画で表現されているような人間が生活する上でのいわゆる「西成的なこと」の喜怒哀楽や悲喜交々から生まれたものだと思っている。

「人は悲しみが多いほど、人には優しくできるものだから」
という歌詞がみたいなもんかな?

差別や貧困、どうしようもない家庭環境など、どん底だからこそ到達するオモロイという感覚だったりニュアンスというか。

昇華できて始めて笑いとなる、自虐・ボケ・ツッコミ・イジり。
(だから、昇華できないとこれらはすべてイジメに直結するわけですが)

また、そういう「西成的なこと」を笑いに昇華できてこその救いでもあり、もう笑うしかないわというのもそうでしょうし、そういうところを大衆芸能にしていったのが昔の吉本興業だったという印象。
ダウンタウン以前の師匠に弟子入りが当然の時代の吉本興業のことね。

そんな世界は組事務所か吉本興業くらいですわ。
(宮迫事件で雇用契約の有無の問題もありましたが)

吉本新喜劇は令和の今でも下町人情モンのベタな演目ばっかりよね。
昭和時代の吉本新喜劇なんてもっと「西成的なこと」が演目だったし。
土曜の昼間っからね。

そういえば子供の頃に悪いことしたら「吉本に入れるぞ!」というのがあったなぁ。
似たようなのに「戸塚ヨットスクールに入れるぞ!」というものあったわ。

西成で育まれる人間ドラマにフォーカスが当たった作品

この映画は過剰な演出もなく、当時の「西成」がものすごく自然で多重かつ濃厚に描かれています。

子供たちも社会に対して変に大人びた中学生という感じではなく、むしろ、中学生とはいえまだ幼い子供らしい部分の方にフォーカスを当てる演出がなされている。

岸和田少年愚連隊とかパッチギ!のように無意味で必要以上の暴力表現もなく、幾つもの様々なドラマが織りなされていて、そのどれもが深い。

何よりもこの中学校の蒲先生や同僚の教師たちがアツい!
これまでになかった演出で教師たちの熱血やアツい感じがビンビンと!

そして、作り手のこの作品や登場人物にかける愛情がよく伝わってきます。
使用されている挿入歌や音楽もそうです。

本作は、ともすると同和映画と勘違いされそうだし、商業的には難しいかもしれませんが、ぜひとも多くの人に知ってもらいたい萌愛な映画でした。

久しぶりに映画の底力をみましたよ。

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映画 かば