第100回龍谷祭&第51回学術文化祭

龍谷大学

さようなら紫朋館

解体が迫る紫朋館。
学祭にあわせて卒業生にも一般開放されるということで。
青春萌愛の故郷でもある部室棟にお別れにいこう。

紫朋館

下から見上げて、部室の窓が空いていたら誰かいるなと。
まあ、どうせいるメンバーはだいたい同じだったんやけど。

ありがとう紫朋館紫陽館

この入口からして懐かしい。
記憶がフラッシュバックしてくる。

紫朋館の入口

なぜか無駄に体育会系のこの受付で記帳してBOXの鍵を借りたり返却したり。
一応、学生たちで自治運営されたいたよね。

階段と吹き抜け

ちもやんの部室は3Fでした。
ざっくりと2Fが体育局で3Fが学術文化局やったかな。

3階ご案内

あ、部室の場所が当時とちょっと違っている。
まあ、当たり前か。
廃部になったのや新設されたサークルや部もあるやろうし。

紫朋館の廊下

他にもお別れに来ているOBOGがチラホラ。

さようなら陶芸部BOX

劇団未踏座

あっ、この劇団未踏座のおとなりやったはず。
ここだ、ここ。

元陶芸部のBOX

ええっ!こんなに広かったっけ?!

当時、中央に長机があって、壁側には粘土や備品を収納したり作品を乾燥させる棚があり、さらに電動ろくろも2~3台あって。
ああ、事務机もあったな。
その上には時計と「尊厳」の写真もあった。
よくすべてがBOX内に収納されていたなと思う。

本当に激狭なBOXやったわ。
紫朋館で一番の極狭やったかもしれん。
余りに狭くてゴミ箱の上にいつも座っている人もいたくらい。

いやいや。
萌愛感涙。

元陶芸部BOX

こっちが移転後のBOXらしい。
そうそう、この棚に粘土やら乾燥中の作品やら様々な備品を収納していた。
すげー懐かしい。

元写真部の暗室?

暗室だったらしいスペースがあるので、ここは元写真部だったところかな?
陶芸部の念願だった水回りがBOX内にがあるやん!

BOX内の水回り

昔は共用部の水場を泥だらけにしてクレームになったもんや。
どうやったって手も道具も粘土で泥だらけにならからね。

作陶スペース

ここで粘土を菊練りしたり、作陶していたのだろうか。
電動ろくろスペースではないから、椅子に座っての手捻りかな。

暗室だった頃の名残

現像プリントの手順表が壁の上部に張ってある。
やっぱり、写真部だったんやね。
部室を交代してもこういうのを剥がさずに残っているのが学術文化局らしい。

途中、陶芸部の部室が移転していると話している夫婦と遭遇。
ちもやんのずっと下の世代の陶芸部の後輩でした。
彼らが在籍していた当時も移転前の部室だったとのこと。
部室が移転したのはそんなに昔じゃないのかもしれない。

さようなら美術部あーちすと会BOX

美術部あーちすと会

階段横で広いし見晴らしもいいBOX。

美術あーちすと会BOXからの見晴らし

ここと書道蟠龍會は学術文化局でも歴史があって優遇されている感あったな。
割り当てられる展示会場とか。

美術部あーちすと会BOX

美術部の新入部員が恒例でデッサンさせられるなんかの動物の頭骨。
どうやら見当たらないね。
きっと新BOXに持って行かれたのでしょう。
捨てられていたらショックやわ~。

BOXの注意書

今も昔もルール厳しいだね。
紫朋館の厳格さは謎の体育会系のノリ。

さようなら茶道部釣寂会

茶道部釣寂会

茶道部だけあって畳敷きのレアな部室。
3回生の頃、たまにお邪魔して昼寝させてもらったものである。

ばいばい旧BOX 単位は取れよ!

単位は大事だよね。
後輩への大切なメッセージやな。
思い起こせば5回生になった同輩も数知れず。

畳が小さく正方形に区切られたところ。
外すと例の茶釜を沸かしたりする茶の炉が現れる。
茶道用畳の茶の湯たたみ。

茶道部釣寂会BOX

ちょっとした台所もあるね。
どう考えても、お茶を呑んで、くつろいで、畳で寝ちゃう。
そりゃ単位を落としちゃうわ。

池坊華道部

池坊華道部

BOXコンパで日本酒の竹筒イッキが有名なところ。
届出をちゃんとすればBOX内で宴会や打ち上げ的に酒を飲んでもよかったのである。
BOXコンパで通称ボッコンと呼ばれていて。

結局、他のサークルや部の飛び込み参加だらけで大騒ぎになってというパターン。
ビールとかじゃなく、日本酒やウィスキーがメインで。
トイレがゲロまみれの地獄絵図になるというね。
厳格なはずの紫朋館も不思議と酒には緩かったんよね。

さようなら学術文化局

学文局室

学術術文化局なのに体育会系の入室マナー。
これ以外のも謎ルールがいっぱいあって。
書類は罫線に一字でも引っ掛かっていたら受理されないとか。
でも、お堅いだけでなく、局室でもボッコンことBOXコンパをするときもあって。

学術文化局室

学術文化局の追いコンでなぜか図書館前にあった噴水池に投げ込まれたとき、まだ寒い時期なのにびしょ濡れで凍えそうになり、ここで学ランを借りて着替えたな。

学文局の備品ロッカー

局旗とか学ランとかが備品としてちゃんとあるの。
学術文化局でも学ランを着用でエールをきって。
昔の応援団の名残か。

学文局室内

中執か~。
中央執行委員会。
懐かしい。
その辺の中小零細企業よりちゃんとしていたかも。

さようなら紫朋館会議室

紫朋館会議室

サークル幹事会(略してサー幹)やちょっとした会議に使用されていた会議室。
サークルの入部説明会やミーティングでも使用されたり。

紫朋館会議室

ここでサークル幹部交代の総会をしたサークルも多いはず。
特に代表となる幹事長は所信表明に対する質疑応答という名のもと「詰め」の洗礼を受けるわけですよ。
それが信任の儀式でもあり。
でも、余りの緊張感と圧で泣いちゃった人も数知れず。

紫朋館会議室のホワイトボード

うっすらと残る文祭撲滅委員会。
いろいろな思いが詰まっていそう。

謎の呪い

サー幹でどんな悲劇が繰り広げられたというのでしょう。
想像するのも恐ろしい・・・。

体育館と駐輪場

窓から体育館と駐輪場が見える。
紫朋館会議室で繰り広げられるドラマ。

この会議室の思い出はやっぱり歴代の幹部交代の所信表明かな。
幹事長で1~2日かけて、その他の幹部であと1日。
当時は各サークルとも合計2~3日を費やすという熱いイベントやった。
「○○部、めっちゃ荒れたらしいで?」
「なんか○○部は今年も流れたらしいで?」
みたいな話題でも盛り上がる幹部交代期の風物詩やったな。

さようなら学友会館

学友会館こと学館。
紫朋館の放送局のあった方の裏口とつながっていて。

紫朋館の裏口

むしろ、こっちの裏口を利用することの方が多かったかも。
学館の食堂での昼食とか。

学友会館

完全リニューアルされており、当時の面影がまったくない。
こんなオシャレな学友会館でなかったことは確かである。
当時は1階の食堂の横に部室が幾つかあって、そこが龍谷祭や降誕会の実行委員会の各部室になっていて、学生たちの青春が繰り広げられていたのですよ。
ちもやんも二回生のとき龍祭企画部やったわ~。

学友会館の食堂

今でも生協の食堂なんかな?
ささみチーズフライが安くておすすめやった。

ちもやんが龍祭企画部のとき、1階の生協の食堂が打ち上げの会場で。
酔っ払ってテンションが高くなりすぎた一部の連中が暴徒化し、生協の厨房にまで入り込み、ドレッシングやら調味料を持ち出して、シャンパンの如く会場中にぶちまけてしまったり調理器具を持ち出して大騒ぎ。
イベントで使用した風船が大量にあって、それを皆で踏んだり突いたりで割り始めたあたりから異様なテンションになってきて暴徒化していったような記憶。
翌朝、当然ながら実行員会はとんでもなく怒られて、翌年から食堂での打ち上げが使用禁止になったという。

第100回龍谷

学友会館に掲示されている龍谷祭のポスター。
それにしても第100回ってすごいな。
さすが日本最古の大学の一つとされるだけのことはある。
ちもやんのときは第70回前後か?

学友会館から紫朋館&紫陽館へ

あっ、紫朋館の地下倉庫。
陶芸部の大量の粘土を寝かせるという名目でポリバケツごと放置したり。

紫朋館地下倉庫

この地下で龍谷祭の大道具や小道具の工作をしたり。
ここの階段で転がり落ちた○○さん。
元気にしているかな?

さようなら紫陽館

こっちが紫朋館に隣接する紫陽館。

紫陽館

陽大(ようだい)と呼ばれていた紫陽館大会議室でお世話になったところ。
たまにリソグラフを使用させてもらいにきたり。
紫朋館と比較するとやっぱり印象は薄いかな。

中央執行委員会

あと、中執こと中央執行員会の部室もあって、NWF(ニューウェーブフェスタ)という新入生歓迎のイベントの実行委員でもお世話になったところ。

紫陽館ロビー

海外交流委員会とかイヤーブック作成委員会とかの委員会系の部室もこっちやった。

案内板

学術文化局のサー幹のときは紫陽館の大会議室が多かった。
そうじゃないと全員がゆったりと入れないからね。

陽大こと紫陽館大会議室

さすがに広いですな。
キャンパス内でも一番広い会議室かもしれん。
一丁前にここで円卓会議のようにサー幹をしていたな。

紫陽館大会議室のホワイトボード

落書きのコビケンこと古美術研究会も総会の詰めは伝統的に体育会系でアグレッシブという印象があるな~。
それに比べると陶芸部(正確には当時は陶芸研究会)は温厚やったわ。

大会議室のとなりには第二会議室もあって。
あんまり使った記憶はないかな。

紫朋館運営委員会全体MT

紫朋館運営委員会の全体ミーティングの名残か。

紫陽館第二会議室

歴代の紫朋館運営委員会の皆さん。
本当にありがとうござました。
お疲れ様でした。

はじめまして紫光館

紫朋館や紫陽館のBOXはどこへ行ったのか?

紫光館

旧京都みやこ信用金庫本店でその後は京都中央信用金庫になっていたところ。
狂乱バブルの残滓を龍谷大学が格安で手に入れたのでしょう。
坊主丸儲け?

それにしても紫光館だとキャンパスがちょっと遠いかな。
紫朋館前の信号を渡るだけでも大変で単位を落とす者が続出したというのにね。
今の子は真面目だから大丈夫か。

西浦町散策

ついでにちょっと深草散策。
というか西浦町散策。

第一旭 龍谷大学横店

この第一旭はまだあるんやね。
お世話になってました。

このすぐ近くにコインランドリーがあってね。
そこで選択したら、誰かがオムツを洗った直後だったのか、何ものかの悪戯だったのかわからんけど、洗濯物が洗ったのにウンコまみれになったのを覚えているわ。

キャロット弁当

言葉に言い表せないほど世話になったテイクアウトのお弁当屋
キャロット弁当ことキャロ弁。
注文すると細身のマスターがめっちゃリズミカルにご飯や揚げ物をよそってくれる。
面白いマスターだなあとその様子をいつも眺めていたものやわ。
特に唐揚げが味も濃くて超デカくてね。
サンハウスの鶏肉だと噂されていました。

西浦中公園

このあたりは西浦町
昔はもっと立ち寄りにくい雰囲気の公園やったわ。
その頃は発砲事件や殺人事件があったりね。

サンハウス

その公園に面したところにサンハウスという雑貨スーパーがあって。
そこの冷凍肉が異常に安かったんよ。
格安スーパーどころじゃなくてもう本当に異常な安さ。
鶏肉とか豚肉とか塊のブロックで販売されていて。
それはもう絶対に訳ありの怪しい肉に違いないと噂されるほど。
さっきのキャロット弁当もここで仕入れているハズだという噂も。
そうしなきゃあんなに安くてボリューミーなお弁当ができるハズないと。

結局、安いからね。
集まって冬に鍋をするときはお金を出し合ってここで肉を調達してたわ。
死なば諸共の一蓮托生で。
でも、一度もお腹が痛くなったことはないよ。
サンハウスの名誉のため。

ワンルームマンション

懐かしすぎて萌愛すぎる。
一人暮らしをしていたワンルームマンション。
確か、4.8万円。

オートロック

今はちゃんとしたオートロックになっている。
当時はなんちゃってオートロックで、基本は自分の鍵で開けるみたいな。
一応の暗証番号は全戸共通で2525(ニコニコ)やった。

麻雀したり、酒を飲んで騒いでよく両隣から苦情を受けたものです。
苦情の手紙が玄関に挟まれていたことも。
誠に申し訳ありませんでした。

先輩の家

先輩の家。
確か2階だったかな。
お金がないときはとりあえずここへ。
用がないときもここへ。
いつも気前よく奢ってくれる先輩でした。

西浦町から深草キャンパスへ

学校の方へ戻りつつ、学友会館の裏通りへ。

秋吉だったところ

やきとりの秋吉があったところ。
さすがに閉店か。
いつまで営業していたんだろう?

ここも先輩に奢ってもらうところという記憶がある。
純けいのおいしさに目覚めました。
あと、やきとり重。

授業ノートの販売店だったところ

今は知らないけど、当時はここで授業ノートやカンペを堂々と売っていた。
皆で手分けして購入しても、コピーガードされていたり。
コピー防止でちゃんと写らない余計な技術が導入されているという。

天えい

ここは天丼とか揚げ物系の定食がメインのお店。
ランチでちょっと背伸びして入店する店やったわ。
天茶というものを初めて知ったお店でもある。

龍谷祭&学術文化祭

西浦町散策を終え、やっと深草キャンパス内へ。

龍谷祭のキャンパスへ

警備当番、お疲れ様です。
たぶん、黄色のパーカーが学術文化祭の実行委員で、赤のパーカーが龍谷祭の実行委員だと思われる。

顕真館

まずは、顕真館にお参り。
なにはなくとも、なにはともあれ。
合掌。

図書館があったところ

昔、冬の寒いときに追いコンで落とされた人工池。
この前に図書館があったんだけど、どうやら移転しているみたい。

15大教室があったところ

記憶とぜんぜん違う。
なんというオシャレなキャンパス。
このあたりに15大というボロッちい大教室があったんだよね。
大教室というかホールや講堂という感じの教室。
ここがテスト会場だとカンニングし放題だったり?

教務棟かな?

よく覚えてないけど、教務棟とか職員の建物だったかな?

4号館

そういえばこの地下にも食堂あった。
学友会館の生協食堂がメインでこっちはあんまり利用したことなかったけど。
向こうに見える22号館はテニスコートがあったところやな。

学術文化祭の看板

2号館が主な展示会。
美術部あーちすと会とか書道部蟠龍會は体育館。
学術文化局内のこの格差は未だにあるんやね。

陶芸部の展示会なんて卒業以来かも。
部員がちょっと少ないような気もしたけど、みんな頑張っているようでした。
後輩たちよ、コロナなんかに負けず青春を謳歌せよ!

さあ、帰ろう。
合掌萌愛。